序章・・・99年3月・4月


・99年3月中旬

3月の会社の異動に自分は関係ありませんでした。そんなころ、たまたま実家に行きましたら、
自分の父親が「そろそろ自分の家のことを考えたほうが良いのではないか。何ならここに
家を建ててもいい。」というようなことを言ったのでした。親は現在の賃貸マンションでの
トラブルの一部始終を知っており、それを考慮してのことでした。自分の家を持ちたいのは
当然のことであり、ましてここであれば土地を用意する必要もないので上物だけで済みます。
俄かに自分の持家計画がスタートしたのでした。


・持家事情

会社の福利厚生制度が変更になり、社宅扱いでも全額自己負担となり会社の補助がなくなります。
会社では賃貸から持家になる人が一気に増えました。しかし、この近所の建売は安いものでも
5000万円台、一番多いのが7000-8000万円台です。頭金が結構あれば、普通のサラリーマンでも
買えるかもしれませんが、それまでの貯金があまりない自分にはとても手の出る代物ではありま
せんでした。マンションであればもう少し手頃になり、実際にマンションを購入する人も周り
にはいました。しかし、マンションを購入しても、将来転売する可能性が出てきたときに転売でき
ないもしくは二束三文になってしまうかもしれないという不安がありました。実際に買えば一生
そこに住む可能性もあります。持家についても困難は多いわけですが、それが、上物だけで済む
かもしれないという可能性が出てきたのでした。


・99年3月下旬

家の知識がほとんどなかった私は、急遽本屋さんの建築コーナーに行き建築関連の本を探しました。
家の建築といえば、有名なハウスメーカーくらいしか思い浮かびませんでした。また、最近は
欠陥住宅の話もあり、心配でした。いずれにしてもいつかは自分の家を建築するとなると知識は
つけておかなければならないという考えもありました。


・99年4月上旬

嫁さんが2番目の子供の出産のため実家に帰りました。嫁さんとは、父親の話があったので
2世帯住宅の可能性についても話はしていましたが、具体的にはその後何も進んでいません
でした。研究のため、ハウスメーカー数社にカタログ請求をしました。主に各社のホーム
ページにアクセスし、請求をしました。そんな中で積水ハウスからはビデオテープを頂きま
した。2世帯住宅に関してはへーベルハウスから頂いた本が参考になりました。
積水ハウスのビデオテープは耐震性に関する内容した。シリーズで出版されている「メーカー
ハウス」という本によると、阪神淡路大震災の時の被害状況調査ではハウスメーカーの
耐震性が証明されたとあります。また、地震自体では家が崩壊しなくても、火災により家が
焼失してしまう危険もあります。こうしたことから、自分の家を建てるときは耐震性・
耐火性に優れた家にしようと思いました。

・99年4月中旬

ホームページで資料を請求したものの、各社により対応は違いました。郵送で資料やカタログ
を送ってきただけのメーカーがほとんどでしたが、自宅まで資料を持って来られたメーカーも
ありました。ただ、嫁さんが実家に帰っていた事情もあり、実際にその時にお会いした方は
いませんでした。

・99年4月下旬

父親に先日の家の話を問いただしたところ、自分でもはっきりと考えがまとまっていないとの
ことでした。2世帯住宅にした例をいくつか知っているが、失敗して別居する羽目になったり
した例も見ているとのことです。しかし、将来のこともあるので、できれば近くに住んで欲しい
との希望です。資金援助をするので近所の建売を購入し、将来は売るなり子供に譲渡することを
考慮しても良いのではという提案です。そうした事情でGWに入った最初の休日に近所の建売を
父親と見学に行きました。本で研究をしていた自分としては、建売の家では欠陥があったとして
もわからないし、高いお金を払う割に建物にかかる金額が割高なのではという思いがしました。
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